書肆水道管

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カフェオレボウルに柴犬が

カフェオレボウルに柴犬がいる。 あなたがうたたねする隙に、 犬はカップのふちを跳び越えて、机を歩く。 ぴたぴたと足跡をつけて、冒険している。 尻尾を振りながら液晶を覗き込み、 メモを引っ張って破き、 座り込んでサティを聴き、 手帳の隅に走り書きされた詩の匂いを嗅ぎ、 ビスケットのかけらを舐め取る。 まるめられたティッシュを転がして、 あなたの意識が戻りそうになると、 慌ててカフェオレの中に隠れ戻る。 椅子に座り直したあなたは、 懐かしい気配に包まれるが、仕事に戻る。

クリームソーダで人魚が

クリームソーダで人魚が泳ぐ 泡になるまで エメラルド色を退屈に揺れる 人魚はストローを登って たまに顔を出してみる アイスクリームでもチェリーでもなく 伸びてきたスプーンを齧ろうとする 人魚よ、なぜ外へ出たいのか おまえの瞳は この部屋よりも広いのに

ティーカップで猫を

 ティーカップで猫を飼い始めた。いま、猫はアップルティーの上、気持ちよさそうにあおむけで浮いている。  猫は三十年ほど前に流行った。母も父も、そのまわりの子どもたちも、みんな飼っていたらしい。  どんなに健康的な猫も、三か月程度で紅茶に溶けて消える。死体が出ないし、葬式も必要ないから気楽だ。  猫が溶けた紅茶を放っておくと、すぐに新しい子猫がカップの底から浮き上がってくる。三、四匹も育て終えれば、大抵は飽きられてしまうという。  ある港が子猫まみれになって、ティーカップの猫の流行は終わった。猫が泳いでいた紅茶を捨てることは禁じられた。猫は口の中へと葬られるべきなのだ。猫が溶けた紅茶はほんのり甘く、大変に美味なので、人々はそれを流していたことを深く後悔した。  わたしは、この猫が紅茶に溶けるのを楽しみにしている。

ねこJC

 ねこジェイシーが生肉を咥えながら帰って来た。  ねこジェイシーというのは、女子中学生のねこである。ふわふわの白い毛に第二次性徴まっただ中の身体で、紺色のセーラー服を身にまとっている。今やそのセーラー服も、血がしたたっている。肉を引っ張ると、ウウフウと唸って離すまいとする。それでも両手には学生かばんを持ったままだ。わたしは先にかばんを受け取って、彼女の学習机の横に引っ掛けた。 「汚れちゃうよ」わたしはセーラー服の袖を指さしたが、すでに赤黒い染みができている。(とられる!)と思っているから離さないのだろう。 「お肉、焼こうよ」とわたしが言うと、彼女は興味を持ったのか、明るくなった瞳がこちらを見た。「焼いたほうが美味しいよ」  ねこは口から肉を離した。「焼いたほうが美味しいの?」 「焼いたほうが美味しいよ」とわたしはもう一度言って、肉を回収した。 「着替えてね」「着替える」ねこはすぐに汚れた制服に手を掛けてる。「それ洗わなきゃいけないから、お肉はいったんキッチンに行くよ」「わかった」「きみもシャワーを浴びてね」「浴びる」ねこは浴室に向かう。彼女はねこにしてはお風呂が得意なのだ。  わたしは洗面所で制服を洗う。水を張った桶が薄桃色に汚れていく。夏の白い制服でなくてよかった。このままいったん洗濯してしまおう、と洗濯機に入れて、お急ぎモードをお洒落着モードに変えてから回す。  ねこがシャワーを浴びているあいだに、肉をどうにかしよう。なんの肉かはわからない。どこの部位かもわからない。スマトホンで、「ねこ JC 肉」「ねこ 肉 持ってきた」で検索する。  とにかく切って焼けばいいらしい。肉はさして大きくない。フライパンに置くように乗せて焼く。焼いているあいだに、シャワーを終えたねこがわたしのおさがりの水色のトレーナーを着てキッチンに来る。 「お肉、食べる」とねこは言う。「もうちょっと待ってね」答えるわたしの服の裾をねこは引っ張る。「お肉、食べる」

もし未冬さんと

 もし未冬さんと遊べたら  あのカフェに入りたい  ひとりでお茶を飲むには可愛すぎる椅子だから  そんで一緒に映画が観たい  未冬さんってなに観るの 『アメリ』か『エコール』か、『薬指の標本』か 『ベイビーわるきゅーれ』だっていいよ  似合いそうなマニキュアを選んであげたい  スカイブルーの もしかしたら真っ赤なの  あたたかくなったら海が見える公園に一緒に行こう  やわらかい芝生に布を敷いて バスケットからいちごのサンドイッチを  でも 未冬さんと並んで歩ける服はないし  部屋は散らかっているし  お金はないし  髪をうまくセットできないし  可愛いカフェも 気持ちの良い公園も知らない  未冬さんみたいな映画なら たくさん観たけれど

子猫の鱗粉

 うしろをべったりくっついてくる男 が うっとうしい と子猫はおもう  ぱち ぱち どさくさに紛れて男は子猫の鱗粉を奪おうとする  男は歩きながら 子猫の背に手を伸ばす が なかなか鱗粉に手は届かない  子猫はくるくる回りながら歩いている  へら へら 男は笑っている  男は 鱗粉がごみに見えている それを取り去ってやろうとしているのだ  子猫は そろそろ男の指を一本二本 噛みちぎってやろうかしら と おもっている  もちろん 男と子猫は言葉がつうじない  だから こんなこともわからない

坂山さん!

 坂山さん! わーっ、お久しぶりです、元気でしたか、元気じゃなさそうっすね、坂山さんいつも二日酔いみたいな顔してますね、お酒飲めないのにねウケる、あたし坂山さんにずっと会いたかったんですよっ、  やっぱお忙しいですか、こないだ水野ちゃんの飲み会いなかったから、あ、誘われてないんすか、すみません、坂山さんあんまし水野ちゃんと喋ってた印象ないもんな、わー、ねえねえ最近どうしてますかあ、  後ろからノテッとしたデカい人が見えて坂山さんっぽいなと思ったんです、でも痩せましたね、ああ倉庫のバイトしてんですか、じゃあ筋肉か、ふえー、てか中学までサッカーしてたんでしたっけ、関係ない? えあははあ。あたし、あたしは大学辞めてからずっとバイトですよ、はい辞めてました、無職だったりするし、ちょっと前まで朝四時起きで十時間働いて、まあ身体壊して辞めました、前のバイトに戻ったんですよ、もうずっと東京です逆に、  鈴木さんとは会ってますか、会ってないですか、三田くんとは会ってるんですね、へえ、あたしはちょっとあいつには会わないから、すみませんお先にいただきます、すみませんあたしずっと坂山さんに連絡しようしようとして全然してなかった、ずっと頭の片隅にはあったんですけど、  どっかいこってって全然行けてないですね、行きましょうね、わーねえこれ美味しいですよ、坂山さん食べて、辛いの食べれる? 食べれるね、行きましょう、温泉いこってゆってましたね、ほんと、嘘じゃないですよ、最近は普通に働いてて、なんか休日も寝たり本よんだり映画みたりはしてるんですけど、誰か一人に自分から連絡する気になれないんです、水野ちゃんみたいなのが誘ってくれないと、でも坂山さんもそうゆうタイプっしょ、  全然書いてません、一昨年の夏ずっと部屋に籠って書こうとしてたんですけど全然、坂山さんは書いてますか、書いてないですか、そうですか、さみしいなあ、また遊びに行きましょうよ坂山さんあたし死にたいの、あっねえ猫いるよ猫っ

ちいさいコヨーテのためのセルフレジ

 大学を辞めて無職になってから、親の仕送りが途絶えたので、スーパーでポケモンパンなどを万引きして生活している。スーパーを出ようとすると、ちいさい犬っぽい女の子がお肉いっぱいのカゴを抱えて、セルフレジの前で右往左往していた。ぼくは比較的ちいさい子も犬も好きで、ひとりでいるのを見ると心配になってしまう。どうしたの、と声を掛けると、「おかねはらうとこ、わかんない」と泣き出してしまった。ぼくはカゴを一番低いセルフレジに置いてやって、使い方を説明した。レジは電子マネーしか対応していなかった。犬なら電子マネーが使えるはずだ。しかし、犬っぽい彼女は電子マネーの存在を知らなかった。聞いてみると、彼女は犬ではなく、コヨーテだった。仕方ないので、お肉も盗んでやることにした。精算するふりをしながら、エコバッグにお肉とポケモンパンを入れていく。  コロナ対策にもなるセルフレジは便利だが、電子マネーの使えないちいさいコヨーテでも滞りなく使えるセルフレジができて欲しいものです。コヨーテにポケモンパンをあげたら、手ごと噛まれて血が出ました。怒。

コヨーテと鉛筆キャップ、詩の冷凍庫

 苦しい日はなにか書けばいい。  コヨーテの話を書く。  わたしはタイピングができる。  コヨーテの男とは区役所で出会った。  仕事も金もないわたしは、色々な支援を申請しに来ていた。  彼もそうだ。  わたしが見つけた時、コヨーテの男は鉛筆をカッターで削っていた。  彼はコヨーテのための支援の申請書を、鉛筆で書いていたのだ。  机に散らばった削り屑を、サッと集めて、ポケットに入れる所作がよかった。  申請書というものは、ボールペンか万年筆で書かなければならない。  たとえコヨーテのための支援の申請書であっても。  しかし、コヨーテのふさふさの毛が生えた武骨な手で、ボールペンや万年筆は握れないのだ。  コヨーテのための支援の申請書くらい、鉛筆でも受け付けてやればいいのに。  わたしは持ってきていた三色ボールペンで、代わりに申請書を書いてやった。  コヨーテの字は、犬よりも綺麗だ。  丁寧な彼の字を、ボールペンでなぞった。  自分の申請書はどうでもよくなった。  コヨーテのための支援の申請書は受理された。  区役所の隣にある百円ショップで、鉛筆キャップを買ってやった。  子ども向けの鉛筆キャップには、おみくじが付いていた。  持ち歩いている際、カシャカシャと鳴るのが気になるようで、コヨーテの男はおみくじを引っこ抜いてしまった。  おみくじには大吉と小吉しか入っていなかった。  その日からコヨーテの男と暮らしている。  数ヶ月ごとに交代で働いている。  彼が働いているあいだ、わたしは仕事を探す。  わたしが働いているあいだ、彼は仕事を探す。  今はコヨーテの男が、冷凍庫で働いている。  詩の冷凍庫だ。  最近の詩はすぐに腐るから、冷凍保存しなければならない。  コヨーテの男の仕事は、詩に記号を振ることだ。  早朝、釣り上げられた詩に、『A−0』から『Z−9』まで。  詩は記号を振られそうになると暴れるので、この仕事は力が要る。  コヨーテの男は、しょっちゅう暴れる詩に噛み付いてしまう。  それで詩がだめになってしまったら、給料から弁償代が引かれる。  冷凍庫ではボールペンや万年筆、スマートフォンが使えない。  鉛筆を使うコヨーテには冷凍庫の仕事がもってこいに思われた。  だが、彼には冷凍庫の仕事は合わなかったらしい。  帰ってくると、鼻を凍らせたまま、すぐ横になる。  なかなか眠れないらしく、夜中に目を覚ましては、ぶつぶつと独りごとを言っている。  コヨーテの独りごとには、呪術的な響きがある。  わたしは彼のために、早く仕事を見つけなければならない。  彼は今でも、おみくじが引っこ抜かれた鉛筆キャップを使っている。

コヨーテにうつされる

 夏の終わり頃から、左足がうまく動かせない。おそらくは、三駅先の町から家出してきたというコヨーテの少女を一晩、うちに泊めたせいだ。立ち上がるまでは問題ないが、一歩踏み出そうとすると、足首が鈍い痛みに掴まれる。はじめのうちは、寝違えたのだろうと放っておいていた。しかし、痛みは日に日にひどくなっていく。  左足を引きずって歩くようになった。整形外科や、雑居ビルにあるマッサージ屋に行っても、よくならない。あのコヨーテの少女に、なにか厄介な病をうつされたのではないかと疑うようになった。風邪を引いた時の内科、皮膚科、あたらしくできたばかりの産婦人科、泌尿器科、いつもの精神科、コンタクトレンズのために視力を測った眼科、ついでに親戚がやっている動物病院に相談しても、原因はわからなかった。  最終的には、幼い頃に通っていた小児科で診てもらった。十数年以上、まったく老けない医者がやっている。「これくらいなら、すぐに治ります」と医者は言った。いくつもの病院に行って、小児科でいきなり解決することがあるだろうか、この医者は見た目こそ老けないが頭はボケているんじゃないか、と思いながらも、処方箋を薬局に持っていった。五分と待たずに、薬が出てきた。妙に膨らんだふたつの薬袋はすぐ鞄にしまって、先にお薬手帳を見ると、「ヌイグルミ(イヌ) 1匹」「アメ(リンゴ) 昼食後1本 1週間分」とあった。最近の小児科では「ごほうび」も薬局を通さねばならないらしい。  煙草を棒付きの飴にして、ぬいぐるみを抱いて寝ていると、たしかに、なんとなくよくなってきた気がしてくる。煙草が悪かったのだろうか、寒かったのだろうか。  昨晩、ふたたびコヨーテの少女が泊まりに来た。コヨーテの少女は犬のぬいぐるみを気に入ったのか、気に入らないのか、右耳が千切れかけるまで噛んでいた。  今日の夕方、犬の耳を縫い直した時、もう足が痛まないことに気付いた。

夢魔の天使語教室

 眠剤を使い切ってしまって、病院に行くのも億劫だったので、祖母が買い溜めていた甘酒を飲んでみてはいるが、あまり効果は得られない。それでも毎晩、飲み続けている。  夏も、不眠も、甘酒も、果てしない。  わたしは眠れない時間に、天使語を学ぶことにした。去年の秋、駅前に天使語教室ができたのだ。いつも半年足らずで入れ替わる物件だったが、天使語教室は続いている。天使語教室の前は、野球中継を流し続けている居酒屋で、その前はタピオカミルクティー屋、さらにその前はピザ屋だった。  天使語教室を教えているのは不眠症で不感症だという噂の夢魔だ。特に授業の時間は決まっておらず、生徒が来た時に教室を開く。昼間に行っても、夜中に行っても、夢魔は天使語を教えてくれる。  たしかに夢魔はいつも疲れているように見えたが、ホワイトボードの前に立っているところを見続けていると、最初からそういう人のようにも見える。いつも白いスカートで蛇の尻尾も鳥の足も隠していて、たしかに夢魔よりは天使のようだった。  なぜ夢魔が天使語を教えられるほどに堪能であるのか、誰も訊かない。それは夢魔が不眠症で不感症である理由を訊くことと同じだと、みんななんとなくわかっているからだ。生徒も訊かれたくないことばかりなのだ。わたしとてなぜ眠れないのか、訊かれても答えられない。  通い始めて一ヶ月が経ち、ひとつわかったことがある。夢魔がいつもグラスで飲んでいるものは、精液でも牛乳でもなく甘酒だということ。昨日、生徒のカナヅチの人魚に尋ねられて、夢魔は鷹揚に答えていた。